青石ぽろみです。
風呂(銭湯)が好きすぎて、2月6日は風呂の日に生まれてきてしまったようです。
つまり、今日は私の誕生日。
誕生日に欲しいものは国民栄誉賞ですが、オファーは来ていないので、今年は保留のようです。
まさか30年生きて「国民栄誉賞が欲しくなる」とは思わなかったので、自分でも驚いています。
自己顕示欲すごいなぁ…と思って。
さて、この節目の時に、これまでの人生を振り返ってプロフィールを書き直していました。
それで思ったのは「だいぶ好きなことを選んで、やってきたな」ということ。
これだけ自由に好きなように生きて、エゴ全開で今日まで生きてこられたことは、奇跡的だとも思えます。
よく、世間は言います。
いい大学を出て
大きな企業に就職して
結婚相手はよき条件で、とか。
起業をしていても、好きなことだけでは稼げないと何度も見聞きしてきました。
でも、それらに対して、ひとつだけ確信をもって言えることが見つかりました。
「好きなことをしていると、たとえ周りが何と言おうと“気が付かない”」
ということなんです。
※気にならない、じゃなく気が付かないというのがミソ。
私、19歳で上京してきて演劇の脚本を勉強していたとき、
たぶんすごい貧乏だったと思うんですよね。
「たぶん」といったのは、自分が貧乏だとこれっぽっちも自覚していなかったからなんです。
「東京の一人暮らし、大変だよ。並大抵のことではないよ。」と言われて上京しました。
仕送りもありませんでしたが、不思議と大変だとは思わず。
当時は中野に住んでおり、昼間時間さえあれば自転車を10キロ近く走らせて、早稲田大学の演劇博物館に通い詰めていました。
(早稲田の演劇博物館には芝居の資料室があって、ビデオとかDVDを無料で見られるんです。)
そんな風に、昼間は演博や芝居に通い、夜はそのままゴールデン街で働いて、時々古本屋でバイトをして生きていました。
あんまり働いてなかったので、収入もそんなに無かったと思うんですが、なんやかんやで生活は成り立っていました。
ただ、芝居でS席のチケットを買うのは財布が痛かったな。
それと、借りていたアパートは間違いなくボロかったです。
大好きな風呂はバランス釜。
屋根裏にはネズミが走り回り
「いつ私のいる生活スペースにおりてくるんだろうか?」とヒヤヒヤはしていました。
寝てる間にネズミに足でも噛まれたら、ネズミの歯についている菌によって、足は腐るのかもしれない。とも思っていました。
ついでに、洗濯機も持っていませんでした。
仕方ないから近所のコインランドリーに洗濯しに行ってたんですが、ある日、下着が盗まれていて。
(下着は某有名下着メーカーに勤めている友人が、たくさんくれました。生活水準に見合わない無駄にいい下着)
それをバイト先の人に話したら「なんかこの子かわいそう、、」と思ったのでしょうか、洗濯機を買ってくれました。
そんな風に不思議と助けの手を差し伸べてくれる大人たちによって、生かされていました。
「あんたの面倒は、あたしが見るとそう決めたんや!」と言って、ご飯のお世話をしてくれるバイト先のオーナー。
お客さんからもらった、お古のテレビ。(DVDが見れるようになって嬉しかった)
キャンバスに油絵やアクリル絵の具で絵を描いていたころは、
「下北沢に取り壊し予定のアパートがあるから、その一室をアトリエに使いなよ」と、貸してくれる人が現れたりしました。
この時の状況は、社会的に見たらワーキングプア(というより、乞食系女子。)
でも、自分ではひとつも負い目を感じなかったんです。
普通に毎日楽しくて、なんの心配もなく生きられた。
…ただ、国民栄誉賞もらうためには
もっとちゃんとしたほうがいいのかな?なんて思っちゃいましたが。
とはいえ、20代前半のフレッシュな時期は失われ、私も熟女となりました。
過去を後悔しても仕方がないので、今年も楽しく生きたいと思います。
お仕事も頑張りますので
どうぞよろしくお願いいたします。