BLOG

子どもの自死について思うこと。

子どもの自死が増加しているというニュースを目にしました。

本来であれば自然に来るはずの明日を、自らの決断で強制的に終わらせ、死を選ぶ。

これが、どれだけの気持ちだったのだろうかと思うと、やるせない。

 

苦しみの最中にいてもがいてみても「どうにもならない」と思えば、諦めてじっと嵐が過ぎ去るのを待つしかない。

このじっと待つ時間の、なんと長く苦しいことでしょう。

こういった時期に「きっと生きているといい日がくるさ!」と言われても、にわかには信じがたいものです。

 

これは主観だけれど、自死の原因のひとつに「愚かに生きてはいけない」という、社会の圧力があるように感じています。

コロナ禍のうんぬんもそうですが、人と違う事、多数決とは別の意見を持っていると、この社会はとにかく生きにくい。

 

私も20代前半まで「いつ死んでもいい」と思っていました。

人生楽しいことなんてない。本当に生きていてよかったと思える日は来るのだろうか。とも。

 

この考えが覆されたのは、ある女性と会話していた時のこと。

その女性とは、私が足しげく通っていたバーのマスター。

私より15歳ほど年上で、田舎を離れ東京で一人暮らす私が、心を解放できる場所でした。

閉店時間をとうに過ぎ、朝方までマスターと話し込んでいた時の事。

どんな話の流れだったかは忘れてしまったが、彼女はこう言ったのです。

「死にたいという願いって、必ず叶うじゃない!なぜ未来、絶対に叶うことを願うのよ?」と。

 

―そうか言われてみれば、必ず叶うことに対して

お願いしますお願いします、叶えたいです!と念じるのは、不思議なことだな…?

 

死んでもかまわないと思っていた私にとって、この言葉は少なからず希望に感じられました。

そして私は、死にたいと思わなくなった代わりに、割と無茶苦茶な夢を考えるようになったのです。

「私は星を掴みたい!」

「あれも欲しいし、これも欲しい。」

そういったことを積極的に夢想するのが楽しくなっていきました。

 

…余談ですが、そんなやりとりをした後の私は、東京都内のある場所に、たくさんの希望を詰め込んだタイムカプセルを埋めています。

人生を描く楽しさを知り、夜な夜な土を掘り返し、夢の種を埋めたのです。

 

死にたいと思っている人が私のブログを読んでいるかは分からないけれど、

もし可能であれば、実現が難しそうでも想像するだけで楽しい夢を描いてはどうだろうか?と私は言いたいです。

 

愚かさは、生命力の証。

それを止められれば、自分の可能性を見出すことも難しいと思えます。

自分の夢に向かって、愚かに生きるのは、結構楽しいものです。

 

青石ぽろみのSUZURI

-BLOG
-

© 2021 ぽろみランド